マイケル・ムーア監督「キャピタリズム-マネーは踊る」
簡単に内容を紹介しておこう。映画『キャピタリズム』は大雑把に言うと、突撃型取材でお馴染みのマイケル・ムーア氏によるアメリカの現代資本主義がもたらした問題を暴くドキュメンタリー。この映画には副題がついており邦題では『キャピタリズム – マネーは踊る』であるが原題は『Capitalism – A Love Story』である。「ラブ・ストーリー」なのである!一体誰と誰の?
物語は、本来ローンが組めないと判断された者に対しても住宅ローンを貸し付けることができる「サブプライムローン」という詐欺のような法律によって支払いが滞り、結局家から強制退去させられた多くのアメリカの人々の苦しみを縦軸に展開する。これは何も特殊な状況ではない。アメリカ国民の99%がいつでもこのようになる可能性があるのだ。そして富の95%を支配するのは残りのわずか1%の富裕層なのである(このあたりはアメリカのみならず日本でも常々言われていることであるからとりたてて目新しい見解でもないのだが基本情報としては必要)。
この1%富裕層とは言うまでもなくウォール街を牛耳っている連中。彼らは政府の意思決定や法律などもその金という影響力をもって変えてしまう。何も知らない国民は「民主主義」を信じて大統領や議会は自分たちの代表だと思い込まされている。しかし事実は、政府は99%の庶民の代表ではないのである。1%の富裕層の代表なのである。
つまり「ラブ・ストーリー」とは「政府」と「ウォール街」の愛の物語。しかしそれだけであろうか?
ムーア氏はノスタルジーを込めて自分が子供の頃のアメリカを振りかえる。第二次世界大戦で欧州と日本の国土が荒廃してしまったのに対し、アメリカは無傷。ナンバーワンになるのはたやすかった。ほとんどの国民が中流層であり、中流であれば共働きの必要もなく子供にも高等教育まで借金なしに十分な教育を与えることができた。夏には長期のバカンスまでもらえた。しかしレーガンという保安官の登場以降状況はがらりと変わる。彼は大企業の広告塔であり、それらのトップに立つものの声を代表していくこととなる。富める者はさらに富み、貧しい者は切り捨てる、いわゆる小さな政府である(日本でも小泉政権がやらかしてしまいましたね)。
ムーア氏は現在のこのようなアメリカは建国の父らが望んだものであったのだろうか、そのような文言は憲法にあるのだろうかと調査(まあ、ないとわかっていての演出ですが)。ルーズベルトの演説シーンを持ち出し、彼の目指したものとは国民皆保険をはじめとする国民のための国家作りであることを示す。アメリカよ、こんなはずではなかったはずだというムーアの氏の嘆きが聞こえてくる。
そう、この映画は批判しても批判しても見捨てることなどできないアメリカという祖国へのムーア氏の求愛物語なのだ。哀しいかな、今のところは彼の片思いのようではあるが。
そんな彼の愛がラストシーンで爆発する。正直に言うと、実は私は映画の途中まで「うーん、面白いが、これは別に劇場で観なくてもよいのではないかな。DVDで十分だったかも」と思っていた。それが、ラスト数分間がここまでの(良質な)TV番組のようなピースを一つにまとめあげ、観客の気持ちを一つにして一気に「映画」へと昇華させる。シーンは単純である。怒りが頂点に達したムーア氏は装甲車に乗りウォール街へ突撃。「CRIME SCENE – DO NOT CROSS (犯行現場:立入禁止)」の黄色いテープを手にウォール街周辺を巨体を揺らしてかけずり回り、富を独占する1%の悪が所有する証券会社や銀行の巨大なビルにそのテープを巻きつけていく。これは小さなTVという箱では表現しきれない映像である。彼は現代社会では「ナイーブ」とさえ誹られそうな「やればできるんだ!」という思いをスクリーンから全身でぶつけてくる。観ている者の気持ちも熱くなる。まさに「映画」である。
うーん、実にうまいなあ。多くのドキュメンタリーでは撮られる側の感情や、数字をもって表した事実がクローズアップされ、作り手(監督)の顔はほとんど見えてこない。しかし本作品はドキュメンタリーでありながらも、きっちりとムーア氏のアメリカへの愛の物語となっているのである。そして彼は映画監督なのである。先ほど述べた彼の熱い「やればできるんだ、やろうぜ」という叫びは決して自然に観客に伝わるものではなく、やはり彼の映画監督としての巧妙な計算(良い意味での)に基く作品づくりがあってのこと。プロなのである。
この映画が作られた2009年、ムーア氏はまだ独りで闘っていたが、徐々に(いやむしろ急速にか?)状況は変化している。この作品が公開された直後、偶然か必然か、ゴダールが『ソシアリスム』を公開、アメリカの効率化・合理主義を暗に批判。あるインタビューでソシアリスムの意味を問われた彼は「(アメリカのような)合理性や効率性に左右されないエレガンス」であると答えたという。(*参考:こちらの本サイト内の浅田彰氏と市田良彦氏による対談の様子をお読みください)
アメリカでも、冷戦が終結してから20年以上を経た今、「アカ」アレルギーを知らない世代が育ってきている。そして本年2011年、「格差」に対する大規模デモがウォール街で発生。「普通の」アメリカ人の間でもようやく怒りが爆発したのだ。「アメリカン・ドリーム」というまやかし、そして「キャピタリズム」こそ我らに富と自由をもたらす基盤であるという宗教にも近いような洗脳から徐々に開放されはじめた人々が出現してきたのだ。今後の「キャピタリズム」はどのような方向に向かうのであろうか…願わくば日本でも、小泉政権で一気に向かった金持ち優遇国家路線から今一度、軌道修正をしてほしいものだ。しかも取り返しのつかないことにならないうちに。まさに Speed It Up!
「キャピタリズム~マネーは踊る」(原題 “Capitalism: A Love Story”)
製作:2009年 アメリカ 127分
監督・脚本・製作・出演:マイケル・ムーア
キャピタリズム~マネーは踊る プレミアム・エディション [DVD]
マイケル・ムーア監督初来日の密着映像も収録!
神戸映画サークル協議会公式HP:http://kobe-eisa.com/
映画『キャピタリズム~マネーは踊る~』公式ブログ