「外見じゃなくて中身に惚れた」という言葉を我々はよく耳にします。「顔じゃないよ、心だよ」なんていう言葉も。しかし、果たしてそうなのでしょうか?誰かを深く愛したらどんなに不細工な顔でもきつい体臭でも、とても愛おしくなってしまいます。例えば大好きな男のおちんちんはこの上なく愛おしいのに何とも思わない人のものは触るのも嫌です。人を好きになるということはその人を形成している全てを受け入れるということでもあるのではないでしょうか。(写真:神戸市中央区元町映画館前のポスター)
『わたしはロランス』は、女になることを決意した男と、相手のすべてを受け入れようとして挫折し、諦め、苦しむ恋人の十年以上にわたるラブ・ストーリー。一見、この映画のテーマはトランスジェンダー(性同一性障害という言葉は医学的な疾患名ですので誤解・誤用を避けるためここでは「トランスジェンダー」という言葉を使用します)であるように思える。しかし、映画をご覧になった多くの方が感じられただろうが、この映画はトランスジェンダーそのもの或いはそれにまつわる社会的障害についての物語ではない。誰かを深く愛するとはどういうことか、それに終わりはあるのか、外見や肉体や性格や生き方や思想や哲学やステータスや性別なんかも超越する、そして「魂」の結びつきなどというものすら超える何か、時も空間も超えていつまでも続く何かがあるのではないか、「愛」ってそういうものではないのかということを問う純粋なラブ・ストーリー、『わたしはロランス』はそういう映画ではないだろうか。
物語は1989年から始まる。国語教師のロランス(男性)は同棲中の恋人のフレッドに対し、突然「女として生きていく」と宣言。最初は激怒し悩むフレッドだが、結局はそんなロランスを支えていこうと決意する。「女」として初めて学校に向かうロランスを車の中でかいがいしく心配するフレッド。冷静に考えてみるとこれはかなり奇妙な光景だ。しかし、フレッドの気持ちは痛いほどわかる。この世で一番愛した男が人生最大のピンチに立たされている。それを助けるということは、もしかしたら例えば彼が女になってしまって自分は必要とされないかもしれない。それでも、その人の最大の危機に関与してよい者は、共に闘うべきパートナーは、誰でもない自分でなくてはならないのだ。ここまでのシーンでのフレッドはとてもおしゃべりで陽気でうるさくて、正直なところ、あまり好きになれなかった。しかしここからの彼女は違う。ロランスを一途に見つめる瞳はまっすぐでその決意といじらしさにあふれている。
しかし、そんな彼女の心が壊れ始める。周囲の冷たい視線、世間や大事な人たちからの孤立。世界中でふたりぼっちになってしまったかのような感覚。お腹の子供まで諦めたフレッドは、ふたりぼっちの闇の世界を捨てて普通の幸せを手にするためロランスのもとを去ることになる。
果たして、十年の間、闇の中で苦しんでいたのはロランスなのであろうか。最後に再会したバーでフレッドは「あなたが地上に降りてきてくれないと話ができない」とロランスを拒絶する。こちらの世界にいるのがフレッドで、あちらの闇の世界にいるのがロランスなのであろうか。いや、違う。ロランスが女として生き続けるかぎり、ロランスと共に生きていく道などない、二人で幸せになれるわけがない、そこは闇の世界なのだという頑なな思いにとらわれているフレッドこそ、闇の中の住人なのだ。実際、その十年間、ロランスは堂々と「彼女」であることを生きてフレッドを愛し続けてきたのに対し、フレッドは断ち切れないロランスへの想いに苦しみ続けてきたのである。家庭を持って幸せを築いてきたと言うフレッドだが、世界中で誰よりも大切な人はずっとずっとロランスだったのである。二人の二度の再会シーンでの空から舞う無数の洗濯物と枯葉。それは世界を壊すほどの二人の愛のエネルギーの象徴なのか、本当は気が狂いそうなほど嬉しいフレッドの正直な気持ちなのか、或いは、フレッドの心の鎧がはがれ落ちていく様子なのか
ラストシーンが素晴らしい。何がこんなに胸をえぐるのか、私自身よくわからないのだがとにかく切ない。それはもう取り戻せない時間だからかもしれない。が、矛盾するようだが、同時にこのシーンは明るい未来への期待でもあふれている。(まだ映画をご覧になっていない方のためにここは何のシーンかは伏せておきます)
『わたしはロランス』は
元町映画館で12月25日まで上映中です。後2週間しかありません!クリスマス前にロマンチックな気分になりたい人は是非是非観てください!
「わたしはロランス」(原題 “Laurence Anyways”)
制作:2012年 カナダ=フランス (仏語)
監督:グザヴィエ・ドラン
出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマン
『わたしはロランス』公式サイト:
http://www.uplink.co.jp/laurence/
2013/12/16 15:13 |
category : 映画レビュー |
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