W・アンダーソン監督「ムーンライズ・キングダム」
夜の牛丼屋で中学生くらいのカップルを見かけたことがあります。明らかに子供なのに男の子は髪をセットしていたりして・・・ お金も何もない若い二人には、ホテルになんて(まあ、その年齢の男女がホテルに行くことの是非は別として)行くお金もないのでしょう。ぴったりよりそう二人は、すごく弱弱しくて小さくて。彼らにはお互いしかなかったのでしょう。数年たって成長したら、この男は悪いことをするやつになるのかもしれないし、女の子も、もっと大人の男に恋するんだろう。それでも、今だけは、一秒でも長く、二人が一緒にいられればよいのに・・・などと思ってしまいました。映画『ムーンライズ・キングダム』は、そんな小さくてピュアなものを見ると胸がきゅーんとなってしまう私の胸をわしづかみにしてしまった作品です。
孤児であるサムはどこか遠くへ逃げることをずっと夢みていたのではないだろうか。そんな彼の目の前に現れた「ノアの方舟」のカラスに扮したスージー。このカラス、「ノアの方舟」では最初に野に放たれた動物であり、そしてそのまま帰ってこなかった動物である。サムにとってカラスのスージーは、自分を自分のKingdomに連れて行ってくれる救世主であったのだろう。一方、少女向け冒険物語を読みふけるスージーは、物語のヒロインのように、厳格な弁護士の両親のもとから逃げ出すことを夢見ているわけだが、彼女曰く「ヒロインはいつも孤児」だそうで、突然現れた孤児のサムという設定は自分に欠けているピースを完璧に埋めてくれる存在であったのだ(もちろんそんなことは最初は知らないし、そのような打算もなかったはずなのだが)。
「気狂いピエロ」では、アンナ・カリーナ扮するマリアンヌがコミック本や音楽を欲しがるのに対し、それらを否定し現実を見ようとするフェルディナン。そういえば、マリアンヌも水色のスーツケースを持っていましたね。でも、この二つの映画が大きく違うのは、「気狂いピエロ」での旅が最初から最後まで絶望に彩られていたのに対し、今回の小さな二人の旅には、不安はあるものの、希望しか見えないということ。うまくいくわけはないのだけれど、そういう小さくて無知でナイーブで無垢な者たちの希望を私はどうしても守ってやりたくなるのです。白くてきれいなものが永遠に続いてほしいと願わずにはいられないのです。例えば、ホールデンが、ライ麦畑の先の崖から落ちないように子供たちを守ってやりたいと思ったように。でも、誰しもいつまでもきれいなままではいられませんよね(私も随分きたなくなりました)。汚れちまったなあと思いつつも、正しいこころを持ち続けたいのだよと心のどこかで思っている大人の方、本作品を是非是非観てください。大人の生活には色々あるけれど、やっぱりきれいなものはきれいなんだと少し幸せな気分になれます。
『ムーンライズ・キングダム』は現在、シネリーブル神戸にて上映中!(終映日未定)
「ムーンライズ・キングダム」(原題 “Moonrise Kingdom”)
公開:2012年 アメリカ
監督:ウェス・アンダーソン
出演:ジャレッド・ギルマン、カーラ・ヘイワード、ブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、フランシス・マクドーマンド、ビル・マーレイ
『卒業』1967年 アメリカ
監督:マイク・ニコルズ
出演:ダスティン・ホフマン、アン・バンクロフト、キャサリン・ロス
音楽とラストの教会シーンはもう誰もが知るところ。バスに揺られる二人の最後の表情がみものです。
『気狂いピエロ』1965年 フランス=イタリア
監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:アンナ・カリーナ、ジャン=ポール・ベルモンド
ご存知、フレンチ・ヌーベル・バーグの最高傑作!全編が一つの絵画のよう。私自身の生涯No.1作品でもあります。
『ベルリン天使の詩』1987年 フランス=西ドイツ
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ブルーノ・ガンツ、ソルヴェーグ・ドマルタン、ピーター・フォーク
天使マリオンのラストの告白は映画史上に残るモノローグシーンであると信じます。ベルリンの壁が崩壊する前のベルリンです。
『小さな恋のメロディ』1971年 イギリス
監督:ワリス・フセイン
出演:マーク・レスター、トレイシー・ハイド、ジャック・ワイルド
アンダーソン監督も「ムーンライズ・キングダム」のベースとなったと認めている作品。子供の頃、エンディングのトロッコでの旅立ちには随分と憧れたものでした。
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