ヤン・シュヴァンクマイエル監督「アリス」

映画について語る上でよく使われる言葉に『ネタバレ』というものがある(昔は使いませんでしたがね)。ストーリーの結末や重要なポイントまでを観ていない人に話してしまうという行為のことを指すのであるが、ヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』についてはネタバレなどまったく関係のない話しであろう。つまり重要なのは「観る」か「観ない」かであって、観ないかぎりはいくら言葉をつくして最初から最後まで(浜村淳さんのように…)細部まで筋を話してしまっても何もバレないのである。

『アリス』はあの有名なルイス・キャロルによる『不思議の国のアリス』に基いて作られた妄想ストーリー。子供向けのファンタジーであるからそりゃあファンタジックな夢の世界と思って観ると大やけどをします、全然違います…という話しをチラホラ耳にするのだが、果たしてそうであろうか?実は、シュヴァンクマイエルの描く『アリス』の世界はまさに子供が感じる夢(或いは現実)の世界なのだ。私はそう感じた。

大体、人形やカエル、うさぎなどの小動物は怖いものである。可愛いなんてものではない。子供の頃もあいつらは不気味な存在であった。何が彼らに不気味さを与えているのか?それはこちらを意に介さないあの目である。犬のようにこちらを見つめたりすることはないし、目に(人間が期待するところの)温かみや感情という色がないのである。なんだか「こちら」と「あちら」という感じがして、決して「あちら」の世界には入っていけない、つまり理解しがたい存在なのだ。わからないものは怖いものなのだ。

映画『アリス』に登場するキャラクターたちは皆、主人公のアリス以外は目に表情はない。ハリウッドなどの人形が動き出すようなアニメーション映画では大抵人形たちに生命が宿りいきいきと動き出すが、そのような嘘は一切ない。私が子供の頃、よく夜中に人形たちはパーティをしていた。でも目はやはり死んでて、私は見つからないようにそっと覗くだけだった。カエルも虫もよく捕まえたが決してこちらに微笑みかけはしない。動物も含めて自然は自分を包み込む優しい存在ではなく自分達の入っていけない怖い存在であった。そんな子供の頃のなんとも言えないおそれを『アリス』はほとんど言葉を使わずに見事に表現している。劇場で観ている間、私は「そうそう、これなんよ!」とやや興奮気味にさえ。

最後に、ここまで書くとまだ観ていない人は「グログロのこわーい映画なの?」と思われるかもしれないので一言。おどろおどろしいなんてことは一切ありません!映像が美しいです!細部にまでこだわったセット(セットと呼んでよいのやら?)の作りや色彩など、もう何時間でも観ていたくなります。子供のこころの世界というものは美しくて不条理でグロテスクなもので混沌としているのです…。

「アリス」(原題 “Neco z Alenky”)
製作:1988年 スイス・西ドイツ・イギリス 84分
脚本・監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
出演:クリスティーナ・コホウトヴァー

私的評価:★★★★★ 90点

神戸元町映画館で上映中です。今日を含めてあと2回。急げ!!
神戸・元町映画館公式HP: http://www.motoei.com/

   
(左)観た人もDVDで再確認!(右)そしてシュヴァンクマイエルがイラストを描き下ろした素敵な絵本も!『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』

*ブログ『Days in the Bottom of My Kitchen』 2011.10.15 掲載

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