中島哲也監督 「嫌われ松子の一生」
松子は自分だけの閉じた世界に生きる女である。外の世界とのバランスを著しく欠いた人間なのだ。そんな松子が無意識のうちに求め続けたものは、自分を無条件にそして永遠に愛してくれる『揺るぎないもの』の存在。
松子の不幸は明らかに、親から愛されていないという思い込みに端を発する。病弱な妹だけが父から愛され自分は愛されていないという思い。無条件の絶対的な愛を実感できなかったことが、松子が『閉じた世界』に生きることとなった理由である。極彩色のミュージカルシーンや妄想シーンを悲惨な人生をソフトに見せるための効果と述べる人が大勢いるが、果たしてそうだろうか?実はこれらはまさに松子の閉じられた世界なのでは。純粋すぎる、しかしわかりやすく言えば、外を見ようとしない、学習しようとしない、単純に言えば馬鹿なナルシスト松子の幻想の象徴である。これらのシーンが”ポップ”であり、悲惨な状況でも”前向きな”松子に救われるというコメントをいくつか見かけたが、私としてはそれはとんでもない。松子が明るく歌って踊れば踊るほど、自分しか見えないその姿はむしろ滑稽で哀しく、胸がしめつけられる思いがするのである。
松子は馬鹿ではないので反省していないわけではないのである。毎回男との関係が悲惨な結果に終わるたび「なんで?」と呟く松子。そう、「なんでこんなことになるの。ああ、これで私の人生も終わり」と一瞬は考えるのである。しかし、それはほんの一瞬のことであり、喉元過ぎればではないが、すぐに次なる自分の世界、自分を必要としてくれる者、揺ぎない愛を求めて直進することとなり、その時にはもう以前の「なんで?」は彼女の頭にはないのである。こうして繰り返される不幸への猛進ループ。再びカラフルな松子劇場が開始されるのだ。
松子が数々の人生の失敗を学習しようとはしなかったとしても、その心には見えない傷跡は確実に蓄積される。それ故、ようやく見つけたと信じた『揺るぎないもの』、一生添い遂げるのだと信じた男である元教え子から終わりを告げられた時には松子の中で本当に何かが終わってしまうことになる。もうナルシスト松子は自分すらかえりみようとはしない。ゴミだめのようなボロアパートに暮らし、菓子を食らってぶくぶくと太り、精神科へと通う中年女性。生活はおそらく生活保護などの援助を受けていたのであろう。そして最後には河原で注意した中学生の集団に撲殺される。
基本的に、愛を求めて相手につくす人間は実はナルシストなのかもしれない。
愛して欲しい、愛して欲しいと、純粋に生き続けた松子が死して最後に行き着いた先では、あの憎みに憎んだはずの妹が「おかえり」と待ち受ける。「ただいま」と微笑む松子。実は松子はずっとこうしたかったのである。彼女が求め続けたものは「おかえり」の一言だけなのだ。私はこのエンディングで少しだけ救われるとともに、松子の気持ちが僭越ながら痛いほどわかって涙がとまらなかった。死んでからじゃ遅いんだよっ!と仰る方もおありでしょうが、生きているうちに学習して賢明な選択ができるような女だったら松子ではなかったのです。
ここまでこのように書いてみると、表面的には松子が非常に愚かな女であるようにも見えるが、中島監督はそんな松子を決して見捨ててはいない。むしろ、哀れみつつも愛情を持って描いていることがこのエンディングの演出からうかがえる。
この映画を観た人のリアクションは大きく2つにわかれると私は考える:こんな転落って現実ではそうないやろと、他人事としてとらえられる者。自分或いは知っている誰かを見るようで震えあがる者。前者はおそらく、悲惨なストーリーを見事な作品に仕上げた中島監督の手腕や中谷美紀の演技に賛辞を送るだけにとどまることが多いのでは。後者の人間にとってはこの映画は恐怖でもある。胸をえぐられるような作品となる。ただただまっすぐに純粋さを保って生き続ける人間には、現実社会では御伽話のようなエンディングはそうそう待っていないのである。だからと言って、賢い生き方ができるはずもないのだが・・・
「嫌われ松子の一生」
製作:2006年 日本
監督・脚本:中島哲也
原作:山田宗樹
出演:中谷美紀 伊勢谷友介 黒沢あすか 柄本明
私的評価:★★★★★ 90点
みんな松子が大好きですね。色んなDVDが出ています:
(左より)嫌われ松子の一生 通常版 [DVD]、
MUSIC FROM "MEMORIES OF MATSUKO" -嫌われ松子の音楽- メイキング・オブ 「嫌われ松子の一生」 [DVD](メイキング映像)、そして 嫌われ松子の一生 愛蔵版 [DVD]
*ブログ『Days in the Bottom of My Kitchen』2010.12.28掲載
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